「トッカータとフーガニ短調」を分析 ”音楽で表現する重力”

今回は、J・S・バッハの「トッカータとフーガニ短調」の分析をしたいと思います。

冒頭のメロディが印象的な、世界で最も有名なオルガン曲ではないでしょうか。

人生で一度だけでも、生の壮大なパイプオルガンでこの楽曲を聴いてみたいですね。

楽曲詳細

楽曲名 トッカータとフーガニ短調
作曲者 J・S・バッハ
作品番号 BWV565
制作年 不詳(18世紀初期?)
演奏時間 10分前後

J・S・バッハが、オルガン奏者&作曲家のブクステフーデへの師事後あたりに制作されたのではないかとされている作品です。

ブクステフーデの派手で豪快な作風に強く影響を受けており、終始、若かりし青年期のバッハの情熱を感じられる作品となっています。(バッハは若い頃は血の気が多かったそうです笑)

ですが、この楽曲はバッハの他の作品と比較して、対位法的な複数の旋律の絡みや音楽的に難易度の高い部分はさほどなく(むしろ単純に感じる)、作曲技術を誇示する要素があったりと作風に違和感を感じるという意見が多く見られます。

実は近年では、上記の理由と、バッハの自筆での譜面が発見されてないことから、この楽曲はバッハの作曲ではないという論調が極めて強くなってきています。

でも考えてみてください。

この楽曲冒頭を強烈に印象付ける、天から一筋の光が差し込んだようなメロディは、あの時代バッハ以外に作れた人がいるなんて考えられません。

私も作曲家ですが、長い人生で数曲くらいは全く自分の作風と違う作品を作りたくなることはよくあります。

なので私は、この作品はバッハのものであると信じています。

キーワード説明

まずは、楽曲分析の前に知っておいた方が良いキーワードの説明をしておきます。

トッカータとは?

主に鍵盤楽器のために作られた、即興的な早いパッセージの楽曲のことです。技巧的な楽曲も多く含まれます。

フーガとは?

1つのメインとなるテーマメロディが、音の高さを変えたりしながら何度も何度も繰り返すことにより1つの楽曲として成立させた楽曲のことです。テーマメロディが何度も追いかけるように出てくることから、遁走曲とも言われます。

楽曲分析

1~3小節目

この冒頭のフレーズは、おそらく聞いたことが無い人がいないと言えるほど有名で印象的名フレーズですね。

このフレーズは、ピアノで聴かれることが多いと思いますが、ピアノではこのフレーズの良さは10%として引き出せないでしょう。

この良さが引き出せるのは、壮大なパイプオルガンのみだと思っています。試しに、ピアノとパイプオルガンで聞き比べてみてくださいね。

0:00~の最初の一音のインパクトと、0:16の音の広がりは圧倒的な差があります。

このフレーズは、実は音色以外に重要な音楽表現が隠されています。

冒頭の「ティリリ~」のフレーズは「A音~G音~A音」ですが、ここで宙に浮いたようにA音が伸びます。

その直後、「タララララ~ラ~(F音~E音~D音~C#音~D音)」と音は急落下します。

一度、トニック音のD音を突き抜けて、C#音まで落ちて行ってから、、、そのまま落ちずにやっぱりD音に落ち着きます。

Dマイナーキーにとって「C#音」は導音です。強いD音への解決を求める音を使って、落ちそうで落ちない、飛び降り台のような高い場所から、落ちそうで落ちないイメージを感じます。

そして次の「ティリリ~」では1オクターブ下がったところから始まります。そしてまた次の「ティリリ~」はさらにまた1オクターブ下がったところから始まります。

まるで、だんだん落下していきながらも、3回ともトニック音に解決しているので、重力で下に引っ張られながらも落ちそうで落ちないD音に解決してゆくとても面白い表現となっています。

ここで使われているスケール

ここで使われているスケールは、Dハーモニックマイナースケールですね。

これが普通のマイナースケール(ナチュラルマイナー)なら、間の抜けた音楽になってしまいます笑

バッハは機能和声の達人なので、短調でトニックへ戻す力(導音の「C#音」)を最大限に使って、落下と浮遊の重力を感じさせるフレーズを作っています。

この落ちそうで落ちない感覚が、後ほど大きな意味を持ってきます。

4~6小節目

強烈な減七和音が出てきます。

パイプオルガンの図太い低音「D音」のロングトーンから始まり、その上に「C#音、E音、G音、Bb音」がまたロングトーンで重なってゆきます。(上記の楽譜に音を記載しました)

「C#音、E音、G音、Bb音」が重ると「C#dim」です。そして、ベース音が「D音」であると言うことは、コード名は「C#dim on D」です。

C#dimなのに、ベース音がDというとんでもない不協和音のコードですね。

パイプオルガンは倍音が多く、単音でも和音のように豊かに響くのが特徴ですが、こんな複雑なコードをあんなにもカッコよく響かせてしまうとは、、、どれだけ見事な音感でしょうか。

ここはロングトーンを重ねただけなのに、ものすごい熱さと勢いを感じますね。

このロングトーンは「緩」となり、この後にでてくる速いパッセージ「急」の対比となっていることも注目ですね。

また、6小節目に注目です。

ここで一旦トニックに戻って解決しております。

この曲のキーは、調号からするに「Dm」ですよね。

ですが、ここでは「Dメジャー」のコードで解決しています。

バロックの時代は、マイナー楽曲であっても、曲の最後はDメジャーで終わるのが普通でした。

まだまだ、マイナーキーの響きが完全に耳になじんでなかったからかもしれませんね。

ここでは、その法則を守っていることになりますね。

ですがバッハは、、、この後で常識を覆す方法を使いますので、この時代はで「マイナーキーでもメジャーコードで解決する」ということだけ覚えておいてくださいね。

7~13小節目

ここからフレーズが一気に細かくなっていきますね。

7小節から8小節、9小節から10小節の2回にわけて音が駆け上がってゆきます。ですが、この2回駆け上がるところに大きなポイントが隠されています。

オレンジ色の丸でかこったところは、3連譜連続するなかで16分音譜がでていますね。

「タタタタタタ、タッタ、タタタタタタ、タッタ」と3連譜の外れた16分音譜でところどころに「ガックン」といった素直に上昇していかないイメージを与えています。

例えるなら、ジェットコースターも上昇する時はガタガタいいながら登り下降へのパワーをためてゆきます。上昇の力を感じると同時に、このあと落下するぞ!という雰囲気も感じますよね。

それと同じような効果があると考えてください。

そして10小節目で頂点に達したフレーズは、11小節目から13小節目の「D音」まで一気に落ちてゆきます。

くだりはもちろん16分音譜の「ガックン」なんて無いので、落ちてゆく勢いは上昇の何倍も速く感じます。

なのでこの小節では、勢い良く「D音」まで落とすことを意図して作曲されていると予想されます。

まるで、音楽に地上世界と同じように重力があるように、下へ落ちるパワーは重力によって加速すると言わんばかりです。

そしてまた一番底(D音)からロングトーンで減七和音へとつながって、より底感を演出しています。

ないてドラマティックな展開になのでしょうか、、、

このあたりは見事な計算ですね。

バッハはこの楽曲の冒頭で、音楽で重力を感じさせることを成功させていたのです。

まるで、人間の人生は、這い上がるのは難しいけれども、ふとしたきっかけですぐどん底に落ちてしまうと言っているかのようです。

ここでバッハの表現したかったのは、”地獄”?

ここで注目して欲しいのは、13小節目のD音まで落ちた瞬間です。

もちろんD音はトニック音なので、一旦ガッツリ解決していますね。

この音は、、、実はバッハの人生が大いに関係しているかもしれません。

この楽曲ができた頃、まだバッハは若く、教会オルガニストの地位をようやくつかんだ時くらいの時でした。

当時、バッハは音楽の才能もあり、女性声楽団員とも仲良くしていたので、大きな嫉妬を受けてしまいます。

そして、その嫉妬がつのり、、、同じ声楽団員の男から、夜道で襲われそうになります。

ですがバッハはイメージと違って血気盛んだったようで、負けずに応戦します!

それは、バッハがその相手を危うく殺してしまうほど、、、壮絶な戦いでした。

教会の人に止められたので、何とかケガ程度で済みましたが、そしてそんな大事件を起こてしまったので、バッハは教会の仕事を謹慎になってしまいます。

そして、その謹慎中にブクステフーデというオルガニストの巨匠と出会います。

バッハは、あまりに斬新なブクステフーデの音楽に心酔し、仕事に戻るのが数ヶ月遅れてしまい、、、その結果、ようやくつかんだ教会オルガニストの地位を手放してしまうこととなります。

このように、バッハの若い頃は、なかなかうまくいかなかったのですね。

そして、少し話は戻りますが、この頃の楽曲の終わり方は、「マイナーキーでもメジャーコードで終わる」ことが一般的だと説明しました。

ですが、13小節目のは、、、「Dm」です。

D音まで一気に駆け下りるというのは、バッハにとって”地獄”への転落の表現だったのかもしれません。

なので一気に落ちた先は、やはりマイナーでないと表現できなかったのです。

きっと、この頃バッハは辛かったのでしょう。

私は、この一音にバッハの人生を感じずにいられません。

この楽曲を、自分の音楽作りに活かすには?

重力表現の持つ重要性

音楽は、時間とともに進んでいくものだから基本的に横の動きを感じる楽曲が多いと思います。

ですが、この楽曲の冒頭部分は「どう下に落とすか?」というコンセプトを強く感じます。

なので、横の動きに加え上げたり落としたりと強く上下の動きを感じることができます。

音楽って、自分の中にない発想は、人の楽曲を聴いて勉強するしかありません。

この上下の動きは、自分の中に全くない発想だったので、自分の引き出しに強く刻むことができました。

やはり巨匠ですね。

楽曲が最も生きる音色を考える

この楽曲でのもう一つのポイントは、楽曲の良さを生かすには、楽器選びがとても重要であるということです。

冒頭でピアノとパイプオルガンで聞き比べたように、この楽曲は倍音が多い豊かな響きを持つロングトーンが美しい楽器がベストだと思います。

ピアノのような減衰の早い楽器でももちろんカッコいいアレンジができるのは間違いありませんが、はやり一発もののアレンジにすぎませんし、バッハ自身もこの曲をピアノで弾くことを全く想定していませんでした。

なぜならピアノは、バッハの死後に現在の形のピアノになったからです。

本当のこの楽曲の「魅力」を引き出すには、パイプオルガンであると思います。

オーケストラでのアレンジも、もちろんロングトーンで豊かな単旋律を奏でることができるという意味ではこの楽曲の魅力を十分に引き出せると思います。

実際、「トッカータとフーガニ短調」のオーケストラアレンジは、ブラスセクションが低音部分を地を這うように支えていて本当にカッコいいです。まるで映画音楽のように世界観を作ってくれています。

ですがこの楽曲は「宗教楽曲」です。神への捧げものですね。

その本来の神々しい意図を感じることができるのは、後光が差し込むような壮大な響きを与えるパイプオルガン以上には考えることができません。

というのもこの楽曲、実は最初はヴァイオリンソロように作られたという説もあります。

バッハも、この曲が出来上がった後、やはりパイプオルガンが最もこの楽曲の魅力を引き出してくれると気づいたのかもしれませんね。

その的確な演奏楽器の判断が、世界的な名曲を生んだといっても過言ではありません。

なので、自分自身の楽曲でも、自分の作ったフレーズがどんな楽器が一番魅力を引き出してくれるかを考え直すことは、とても価値のあることだと思います。

まとめ

この楽曲は、たくさんのアレンジ版が作られています。ピアノソロ、オーケストラとさまざまです。

個人的にはやはりパイプオルガンが一番好きですが、どのアレンジも全く違う表情を見せてくれるのでどれも楽しめるものばかりです。

youtubeなどでも聴くことができるので、一度聞いてみてくださいね。

いつか、生のパイプオルガンでこの楽曲を聴いてみたいなと思います。