「仕事は見て盗め」は時代遅れ?作曲の講師が研究とともに考える、伸びる新人の育て方

「仕事は見て盗め」という指導法をめぐって、上司と部下がバトルをくり広げる場面は、今もあちこちで見かけますよね。

2015年には、実業家の堀江貴文さんが「寿司職人が何年も修行するのはバカ」という趣旨の投稿をして、ネットで大論争にもなりました。

私自身は、どちらかといえば「見て盗め」派の講師です。

ただ、プロ野球を見ていると気になることがあって、私の世代とはまったく違うやり方で育った若い選手たちが、年々しっかりとレベルを上げているんです。

自分が良いと思っているやり方は、本当に今も正しいのか。今回は、その疑問から逃げずに考えてみたいと思います。

上司と部下の隔たり

対立の図式は、だいたいこんな感じです。

新人=仕事に必要なものは、上司が1から順序だてて全て教えてほしい!仕事で失敗しないためには、上司が手取り足取り全部教えるべきだ。
上司=自分の成長に必要な技術は、自主的に上司から盗んでこい。盗める努力があってこそ人は成長するのだから、最初からすべてを教えるつもりはない。

あっ、1つだけ最初にお断りしておきます! 「これは業種によるよね」という意見を必ず1人は言い出しますが、これを言われると話がそこで終わっちゃうので、今回はナシでお願いします(笑)。

業種の話ではなく、仕事に向き合う姿勢の話なんです。

疑問1:「1から全部教えてほしい」は、ほんの一部の人なのか?

最初に浮かんだのは、「全部教えてほしい」と言う新人は、実はごく一部なのではないか、という疑問です。

ところが、新入社員を対象にした調査を見ると、答えは逆でした。

新入社員の多くは「丁寧な指導」を望んでいる

日本生産性本部の新入社員調査では、新入社員が望む上司の姿として「仕事について丁寧な指導をする上司」が上位の常連になっています。

丁寧に教えてほしいという気持ちは、一部どころか多数派の本音なんです。

ただ、すべての新人が受け身というわけでもありません。

日本能率協会が2024年に新入社員673人に聞いた調査では、「若いうちは自ら進んで苦労をすべきだ」と答えた人が41.8%、「すすんで苦労する必要はない」が36.8%でした。

新人の考え方は、ほぼ真っ二つに割れているわけです。

教える現場にいても、その二つの顔はよく見えます。なかには「お金を払ったんだから、一通り教えてくださいよ」という姿勢で来る生徒さんもいます。

対価をいただいている以上、基本からケーススタディまでキッチリ教えるのはやぶさかではありませんが、そういう指導で私を超えていく人が出てくることは、まずないと思っています。

初心者には、ガイドが必要

とはいえ、「教えてほしい」という願いにはちゃんと理由があります。

教育心理学者のポール・キルシュナーらは2006年の論文で、初心者は「自分で考えなさい」と放っておかれるより、しっかり手順を示してもらったほうが効率よく学べると結論づけました。

基礎がないと人は伸びにくいので、1から教える指導法は決して悪い方法ではありません。

教える側にとっても、良い復習になりますしね。

疑問1の結論:「教えてほしい」はほんの一部ではなく、多数派の自然な願いです。

ただし、丁寧に教わりたいことと、受け身であることはイコールではありません。

疑問2:しっかりしている人は、昔のままでも成長しているのでは?

では、昔ながらの「見て盗め」で育つ人は、もういないのでしょうか。

私の答えは「いいえ」で、しっかりしている人は今もちゃんと盗んで成長しています。

人が伸びるのは「気づいた」ときだけ

私の経験から言えるのは、人が本当の意味で成長するのは、何か大事なことに「気づく」ときだけだということです。

自分で考えて気づいたときにだけ、人はものすごくたくさんのことを一気に理解できます。

これには研究の裏づけもあります。

心理学者のノーマン・スラメッカとピーター・グラフは1978年、答えを自分で考えて導き出した言葉は、ただ読んだだけの言葉よりもよく記憶に残ることを実験で示しました。

「生成効果」と呼ばれる現象で、自分の頭で出した答えほど身につくわけです。

教えられるのは、せいぜい24%

そもそも、教えられることには限りがあります。

自分の技術を100とすると、どれだけ時間をかけて講義しても、言葉で伝えられるのはせいぜい30%程度です。

それを生徒ががんばって80%吸収できたとしても、手元に残るのは30%×80%で、わずか24%ほどにしかなりません。

それでも「1から10まで教えてくれないなら、完璧な仕事なんてできるはずがない!」と反論してくる人には、私はこう聞き返すことにしています。

「じゃあ、君に1から10まで手取り足取り教えたら、完璧な仕事をしてくれるの?」

こう言うと、不思議と誰も反論してこなくなります。

伸びる人には「なりたい自分」がある

では、昔も今も伸びていく人は何が違うのか。

それは、必ず「なりたい自分」を持っていることです。

なりたい自分があるからこそ、必要なものを自分から盗みに行けるんですね。

英語を使う仕事がしたくて勉強する人と、試験があるからイヤイヤ勉強する人とでは、伸び方が月とスッポンほど違います。

目標がない人には、どんなに教えても心に響かず、吸収率は10%にも満たないのではないかと私は感じています。

その代表が大谷翔平選手でしょう。

大谷選手は花巻東高校1年生のとき、真ん中に「ドラ1 8球団」と書いた目標達成シートを作りました。

周りには「スピード160km」「体づくり」に加えて「運」や「人間性」まで並べ、「ゴミ拾い」「審判さんへの態度」といった行動にまで落としこんでいたんです。

16歳でここまで「なりたい自分」を描けた人が、伸びないはずがありません。

しかも教える側は、理想を持って向かってくる人には、つい必要以上に時間を割いてしまいます。

がっぷり四つで来てくれると、こちらもつい熱が入るんですね。

上司を本気にさせられる新人というのは、それだけで1つの才能だと私は思います。

そういう人は、何もしなくていい時間にも自分ですることを見つけて動き、その気になれば、いちばん嫌いな人からでも反面教師として何かを盗んでいきます。

疑問2の結論:しっかりしている人は、今も昔のまま成長しています。

伸びるかどうかを分けるのは時代ではなく、「なりたい自分」があって自分から取りに行けるかどうかです。

疑問3:昔ながらのやり方が、正しいとは言えないのでは?

これは、私にとっていちばん耳の痛い疑問です。

冒頭で触れたプロ野球の変化が、その答えをはっきり示しているからです。

プロ野球の平均球速は、10年で約5km上がった

ファンが公開データをもとにまとめた集計によると、NPBのストレートの平均球速は、2014年の141.5kmから2024年には146.8kmへと、10年で約5kmも上がっています。

野球をしている人からするとわかると思いますが、5km上がれば、体感的にも明らかに速く感じるので、すごいことだと思います。

背景にあるのは、投球フォームの動作解析や、球の回転数まで測れる計測機器、栄養学の進歩といった、新しいトレーニングの考え方だと言われています。

思えば私たちの世代は、「練習中に水を飲むな」「うさぎ跳びで足腰を鍛えろ」と言われて育ちました。

どちらも、今では体に良くないとされているやり方です。

昔ながらの方法が、そのまま正しいとはとても言えませんよね。

変わったのは「盗める相手」の数

ただ、よく見ると、今の若い選手たちは「盗む」ことをやめたわけではありません。

動画でメジャーリーガーのフォームを何度も見返し、データで自分との違いを確かめる。

盗む相手が、目の前の先輩一人から、世界中のトップ選手にまで広がったんです。

この学び方そのものは、昔から世界共通です。

人類学者のジーン・レイヴと教育学者のエティエンヌ・ウェンガーは1991年、リベリアの仕立て屋などの見習いを調べ、新人は仕事の「周辺」に参加しながら、先輩の姿を見て一人前になっていくことを明らかにしました。

2000年以上前の中国の思想家・荀子も、「聞くより見る、見るより知る、知るより実際にやってみる」と説いています。

「失敗させっぱなし」は、もう通用しない

一方で、教える側にもアップデートが必要です。

教育学者のマヌ・カプールが提唱する「生産的失敗」は、まず答えのわからない難しい問題に挑ませ、うまくいかない経験をさせてから、先生が解説するという方法です。

初めて見る応用問題では、先に失敗した生徒のほうがはっきり強かったと報告されています。

ここで大事なのは、失敗のあとに必ず解説があることです。

「見て盗め」と言って放っておくだけでは、ただの放置になってしまいます。

「盗め」は「質問するな」ではなく、「自分から取りに来い」という意味です。

ですから、質問が来たら上司は喜んで答えるべきですし、新人が自分でどこまで調べて、どう動くのかを期待して見守るのが上司の仕事なんです。

疑問3の結論:昔ながらのやり方が、そのまま正しいとは言えません。

ただ、変えるべきなのは「盗ませ方」であって、「自分で気づく」という学びの核まで捨てる必要はありません。

まとめ:「見て盗め」は、盗ませ方をアップデートする時代へ

3つの疑問から見えてきたのは、「見て盗め」か「全部教える」かの二択ではない、ということでした。

初心者には丁寧なガイドを、そのうえで自分で気づく機会と意味のある失敗を、そして失敗したらちゃんと解説を。

これが、今の時代の「見て盗め」なのだと思います。

最初の数年は全部教わった新人のほうが成果を出せるかもしれませんが、自分で気づいて手に入れた知識と技術を持つ新人は、5年後にはきっと逆転しているはずです。

私は今、専門学校で和声学を教えていますが、生徒が吸収しやすいように、発言や行動にたくさんの布石を打って授業をしています。

現場に出たとき「あぁ、そういうことか!」と思ってもらえたら、講師としてこんなに嬉しいことはありません。

ときには意地悪をして「ちゃんと意味のある失敗」をさせることもあるので、ひどい講師だとは思わずについてきてくださいね(笑)。

もし、1から10まで優しく教えてくれて、失敗するチャンスを一度もくれない上司に巡り会ってしまったら、それはむしろ不幸だと思ってもいいくらいです。

そして、プロ野球の若い選手たちが教えてくれたように、自分のやり方が一番だと思いこんだ瞬間に、教える側の成長は止まってしまいます。

生徒に「盗め」と言う以上、私自身も、世界の若い人たちから盗み続ける側でいたいと思っています。