『実るほど 頭(こうべ)を垂れる 稲穂かな』
数ある好きな言葉のなかでも、とくに気に入っているひとつです。
稲穂はたくさん実をつけるほど、その重みでだんだんと地面に向かって頭を下げていきますよね。
その光景を人の生き方に重ねて、実績を積んだり高い地位に上ったりしても、いや上ったからこそ頭を下げ、偉ぶらずに生きていきましょう、と教えてくれる言葉です。
課長や部長の肩書きで偉そうにしている人とは、まったく逆の考え方ですね!

目次
俳句の形をしたことわざ
この言葉、「かな」で終わる5・7・5なので俳句のように見えますが、作者はわかっていません。
辞書やことわざ事典でも「俳句の形をしたことわざ」として扱われていて、「実るほど頭の下がる稲穂かな」「実の入る稲は穂を垂れる」など、いくつかの形で伝わっています。
誰が詠んだのかわからないのに、これだけ長く愛されている。
それ自体が、まさに「頭を垂れた稲穂」のような言葉だなと私は思っています。
音楽の世界で生き残るオジ様たちは、みんな腰が低い
音楽の世界でもしかりです。40歳を超えてこの世界に生き残っている人たちには、この格言がそのまま当てはまると言っても過言ではありません。
「なんでそんなに有名なのに、そんなに腰が低いんですか?」と聞きたくなるところは、本当に共通しているんです。
というか、本当にいい人だなと思える「オジ様」ばかりなんですよね。
サングラスをかけた若手たち
逆に、ちょっとした実績のある若手作曲家やエンジニアには、怖い人が多かったです。
そろってサングラスをかけて、知り合いのアーティストを批判する。
正確に言えば、批判を口実にして「知り合いなんだぞ」とアピールしたがるんです。
そんな話を聞くと、当時の私は死ぬほどうらやましくなったものですが、それこそ向こうの思うツボでした。
オジ様方は「そんな人はすぐにこの世界からいなくなるから気にするな」と、再三言ってくれました。ときには、名指しで。
なぜ本当にすごい人は偉ぶらないのか
でも、なぜその素敵なオジ様方は、実績があっても全然偉ぶらないのでしょうか。
この疑問は、心理学や経営学の世界でも研究されています。

謙虚な人ほど、仕事の成果が高い
アメリカの経営学者ブラッドリー・オーウェンズらは、2013年に発表した研究で「謙虚さ」を3つの要素に分けました。
自分を正確に見ていること、人から学ぶ姿勢があること、そして他人の強みを認められることです。
学生と社会人のチームで互いの謙虚さを評価してもらったところ、謙虚な人ほど成果が高く、時間とともに伸びていく傾向が見られました。
しかも、謙虚さは知能や真面目さとは別に、仕事の成果を予測する重要な手がかりになっていたというのですから驚きです。
さらに、上司が謙虚だと感じている社員ほど仕事への意欲が高く、会社を辞めにくいこともわかりました。
腰の低いオジ様のまわりに人が集まるのは、気のせいではなかったわけです。
「鏡と窓」の法則
経営学者のジム・コリンズは、名著『ビジョナリー・カンパニー2』で、1435社のなかから長期にわたって飛躍した11社を選び出し、その経営者に共通する特徴を調べました。
見つかったのは、カリスマ性ではなく「深い謙虚さ」と「強い意志」を併せ持つ人物像で、コリンズはこれを「第5水準のリーダー」と名づけています。
彼らには「鏡と窓」という共通の癖がありました。うまくいったときは窓の外を見て仲間や運のおかげだと言い、うまくいかなかったときは鏡を見て自分の責任だと考えるんです。
比較対象の会社の経営者は、ちょうどその逆でした。
稲穂の格言を、そのまま経営の言葉に翻訳したような話ですよね。
実力がある人ほど、自分を低めに見積もる
もうひとつ、おもしろい研究があります。
心理学者のジャスティン・クルーガーとデイヴィッド・ダニングが1999年に発表した実験では、成績が下位の人ほど自分の順位を実際よりはるかに高く見積もる一方で、成績が上位の人はむしろ自分を実際より低めに見積もる傾向がありました。
できる人は「このくらい、みんなできるだろう」と思ってしまうんですね。
つまり、実力がつくほど「自分だけが特別にすごいわけではない」と感じやすくなる面があるのかもしれません。それが、自然と頭を下げる姿勢につながっているのではないでしょうか。
稲穂が、誰に言われなくても勝手に垂れていくのと同じですね。
サングラスの若手たちの正体
ここで思い出されるのが、サングラスの若手たちです。
心理学者のアーロン・ワイドマンらは2018年の研究で、人が「謙虚」と呼ぶものには2種類あることを示しました。
何かを成しとげたあとに生まれる、感謝を含んだ「称賛型の謙虚さ」と、失敗のあとに生まれる、自分を卑下する「自己卑下型の謙虚さ」です。
オジ様たちの腰の低さは、明らかに前者です。実績という土台があるから、自分を大きく見せる必要がない。
一方で、サングラスの若手たちが知り合い自慢をしていたのは、まだ土台が小さく、自分を大きく見せなければ不安だったからなのでしょう。
そう考えると、少しだけ可愛く思えてきます。
本当の理由は「考えが若い」こと
研究が教えてくれることもたくさんありますが、私がオジ様方を見ていて感じる理由は、もうひとつあります。
そろって、考えが若いんです。
はっきり言って「子供」っぽい、いや子供そのものですね。
偉人たちは、その若く柔軟な(子供っぽい)発想で人生を本当に楽しもうとしているから、実績をアピールする必要がないのでしょう(多分)。
とにかく40歳や50歳になってもいろんなことに挑戦し、研究し、いつも本当に楽しそうに生きている。その姿に、私は心からあこがれます。
「人生が楽しい」。なんて素敵な言葉でしょう(←すでにオヤジくさい)。
私の原点は「音楽で仕事をする」ことではない

今の私自身は登竜門の真っ最中で、楽しいことは楽しいのですが、まだまだつらいことのほうが山ほど多いです。
それでも自分の目標は「音楽で仕事をする」ことではなく、「最高に大好きな音楽を、人生を通して楽しみたい」ということなんです。
オジ様方の姿を見るたびに、その原点を再確認させられます。
正直に言うと、私にも頭が上がっていた時期がありました。
すごい人からダメ出しをされても素直に受け取れず、その言葉に悪意があるように感じてしまっていたんです。
稲穂で言えば、まだ実が入っていないのに、穂だけ立派に見せようとしていたのかもしれません。
稲穂は、実が入れば自然と頭が下がります。
無理に下げようとしなくても、中身が詰まってくれば勝手に下がるものなのでしょう。
だとすれば、私がやるべきことは謙虚なふりをすることではなく、中身を詰めていくことだけです。
大きな子供のオジ様、あなた方に一歩でも追いつけるようにがんばるので、温かい目で見守ってやってくださいね。
あ、でも時には厳しくしてやってください。頭(こうべ)が上がってきたときは。

コメント
プロの世界は、特に芸術系は、
生き残るのが大変で厳しそうだな、と音楽への厳格な態度を、垣間見るたびに思います。
その中で、バランスを保つための「子どもらしさ」なのかな~、と読んでいて思いました。
あと、「実るほど頭を下げる稲穂かな」は、うちの母親が大好きな言葉なのですが、
「けど、そもそも最終形態まで成長しないと、実らないよね。(つまり、青二才な成長過程では背伸び中)」と反論してます(笑)。