「罵声をくれた人」こそ最高の人脈だった|作曲家が泣きながら学んだ、本当の意味でのつながり

音楽を仕事にできたのは、正直に言って運がよかったとしか思えません。

19歳で本格的に音楽をはじめてから、ずいぶん長い時間がたちました。

振り返ってみると、自分の才能や努力よりも先に浮かぶのは、ある人たちの顔なんです。

本当にすごいと思える師匠に、たまたま出会えた。

本当にすごいと思えるライバルにも、たまたま出会えた。世間ではこれを「人脈」と呼ぶのでしょう。

ただ、私が受け取ってきたものは、一般にイメージされる人脈とは少し、いや、かなり違う形をしていました。

そもそも「人脈」とは何なのか

「音楽の世界は人脈がすべて」という言葉は、業界の外にまで広く知られています。

このときの人脈は、たいてい「仕事を紹介してくれる人」「大きなチャンスにつないでくれる人」という意味で使われますよね。

これは決して間違いではありません。アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッターは1973年の論文「弱い紐帯(ちゅうたい)の強さ」で、転職につながる情報は親しい友人よりも、たまに会う程度の知り合い、つまりゆるいつながりから届くことが多いと示しました。

紐帯とは人と人を結ぶひものことで、ここでは「人間関係のつながり」と言いかえるとわかりやすいと思います。

仕事の情報が人づてに回ってくるという意味での人脈は、学問的にも裏づけのある考え方なんです。

けれども、私はもっと広い意味でこの言葉をとらえたいと考えています。

それは「自分の人生に大きな影響を与えてくれた人」のことです。

仕事を直接運んでこなくても、自分の成長のためにあえて叱ってくれる人、怒鳴ってくれる人、ときには罵声さえ浴びせてくれる人。

そういう人もまた、かけがえのない人脈ではないでしょうか。

師匠がこわくて、弟子入りなど考えもしなかった

いま「師匠」と呼んでいる人のことを、最初の私はただただこわいと思っていました。

弟子入りするという発想そのものがなかったほどです。

それでも結局その人のもとで学ぶことになり、そこから、人生で一度も言われたことのないような言葉を何度も浴びることになります。

ここで白状しておかなければいけないことがあります。

当時の私は、どんなにすごい人からのダメ出しでも、面と向かって言われるとまったく受け入れられなかったんです。

言葉の裏にある親切には気づかず、悪意ばかりを感じ取っていました。

本や評判の中で自分の欠点を見つけたときは素直に「なるほど」と思えるのに、直接言われると心がシャッターを下ろしてしまう。

いま思えば、なんとも扱いにくい弟子だったはずです。

だからこそ、あの頃は本当によく泣きました。しかも本気で泣いているときに、目の前で大笑いされたこともあります。

さすがにあのときは殺意を覚えましたが(笑)、不思議なことに、その笑い声が「絶対にこの人を見返してやる」という火をいちばん大きくしてくれたのも事実です。

「ぎりぎり」が人を伸ばすという研究

あの日々を、私はいまでは「立ち直れるかどうかのぎりぎりの状態を保ってもらった時間」だったと思っています。

実はこの「ぎりぎり」には、心理学の裏づけがあるんです。

1908年、心理学者のヤーキーズとドッドソンは、ネズミを使った実験から、緊張やストレスは弱すぎても強すぎても成績が下がり、ほどよい強さのときにいちばん力が出るという関係を報告しました。

のちに「ヤーキーズ・ドッドソンの法則」と呼ばれる考え方です。ぬるま湯では人は伸びず、かといって追いつめすぎれば折れてしまう。

あの師匠は、その境目を本能的に見抜いていたのかもしれません。

もうひとつ、音楽家にとって見逃せない研究があります。

心理学者アンダース・エリクソンらが1993年に発表した研究で、ベルリンの音楽学校でバイオリンを学ぶ学生を調べたところ、トップクラスの学生ほど、ひとりで課題に向き合う練習に長い時間を費やしていました。

エリクソンはこうした練習を「限界的練習(デリバレート・プラクティス)」と呼び、弱点を指摘してくれる指導者の存在が欠かせないこと、そしてその練習は本来あまり楽しいものではないことを指摘しています。

耳の痛いことを言ってくれる人がいなければ、人は自分の弱点に気づけないということでしょう。

ライバルは「背後から聞こえる足音」

師匠と並んで私を引き上げてくれたのが、ライバルの存在でした。

ここで思い出すのが、作曲家ブラームスの有名なエピソードです。

ブラームスは交響曲第1番を完成させるまでに20年以上を費やしたといわれています。

そのあいだ彼の頭を離れなかったのが、偉大な先人ベートーヴェンの存在でした。友人に向けて「背後から巨人の足音が聞こえてくる気持ちが、君にはわからないだろう」という意味の言葉を漏らしたと伝えられています。

これほどの大作曲家でさえ、とてつもない存在を意識し続けることで、自分の音楽を極限まで磨き上げたわけです。

私のライバルは歴史上の巨人ではありませんが、すぐ隣で同じ音を聴いている生身の人間でした。

そのぶん足音は、もっと近くて、もっと大きく響いていた気がします。

罵声と暴言のあいだにある、たったひとつの違い

ひとつだけ誤解のないように書いておきたいことがあります。

私は「怒鳴れば人は育つ」と言いたいわけではありません。

上司からの一方的な攻撃が部下の心身や働く意欲をむしばむことは、組織心理学の研究でもくり返し示されています。

では、私が浴びた罵声と、ただの暴言を分けていたものは何だったのか。

それは、その言葉の先に「乗り越えるための道」が残されていたかどうかなんです。

師匠たちは私をへこませても、決して見捨てはしませんでした。直接仕事を紹介してくれなくても、「この方向に進めば道はある」とほのめかすように、自分で扉を開けられる場所まで連れて行ってくれたんです。

哲学者ニーチェは『偶像の黄昏』の中で「わたしを殺さないものは、わたしをいっそう強くする」と書きました。

私の好きな格言にも「困難は、それを乗り越えることができる人にのみやってくる」という言葉があります。

あの罵声は、私を殺すためではなく、乗り越えさせるために投げられたもの。

そう信じられたからこそ、すべてを自分のエネルギーとして吸収できたのだと思います。

偉大な「人脈」たちへ

不思議なもので、直接言われた言葉を受け入れられなかったあの頑固さは、結果として「時代に流されず、自分の中の音楽を信じる力」にもつながりました。

叱られて泣き、笑われて腹を立て、それでも食らいついた時間が、いまの私の土台になっています。

当時は数えきれないほど泣きましたが、いまは感謝の気持ちでいっぱいです。

立ち直れるかどうかのぎりぎりをいつも保ってくれた偉大な人脈たちに、心からありがとうと言いたい。

そして、あなたがたからもらった人生の教訓を、今度は自分より若い人たちに伝えていくつもりです。

もちろん『愛』をたっぷり込めて、ひどい罵声を浴びせながら。