好きな格言シリーズの2回目です。
今回は、音楽で食べていけるかどうかもわからなかった24歳の私を、たった一日で別人のように変えてしまった言葉を紹介します。
目次
出会いは、玄関の日めくりカレンダーでした
昭和の時代、ごく一般的な家庭の玄関には、毎日1枚ずつめくるタイプのカレンダーがかかっていました。
書道の字体で、その日の格言がどーんと書かれているアレです。私がこの言葉を初めて知ったのも、あの日めくりカレンダーでした。
ドラマでも、旦那さんが出かけるときに奥さんがチラッと読むシーンがありましたよね。
「お父さん、今日のゴルフ気をつけたほうがいいみたいよ。」
「今日のカレンダーにはなんて書いてあるんだ?」
「『休日は、平日の落とし穴』ですって。」
「ははは、大丈夫だよ」
(わからない人ゴメンナサイ)
とまあ、カレンダーの話はさておき、肝心の言葉がこちらです。
『困難は、それを乗り越えることができる人にのみやってくる』
「困難」は、全員に届くわけではありません
この格言のおもしろいところは、困難というヤツが実はすべての人にやってくるわけではない、と言い切っている点です。
壁にぶつかったとき、本気で克服しようと努力した人だけが、それを「自分が乗り越えるべき試練」だと認識できるんですね。
逃げてしまえば、それは試練ですらなく、ただ通り過ぎた出来事で終わってしまいます。
そう考えると、試練は自分を高めてくれる素敵な贈り物のようにも見えてきます。
それを逃げたりかわしたりして生きていくのは、なんともったいないことでしょう!!
人生を戦って生きていこうとする人への強烈なメッセージだと、私は受け取りました。
この格言、いったい誰の言葉なのか
この記事を書くにあたって、あの言葉の作者をあらためて調べてみたのですが、これが驚くほどわかりません。出てくるのは「苦難は乗り越えられる人に訪れる」「壁は超えられる人にしかやってこない」「試練は乗り越えられる者にしか与えられない」と、どれも微妙に違う言い回しばかりなんです。
王貞治さんの言葉だと書いている人もいましたが、確かな出どころは見つかりませんでした。
イチローさんの言葉としては、こんな形で広く紹介されています。
壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている。
ただ、これも私がカレンダーで見た言葉とは少し違います。
同じことを言っているのに、一字一句そろった「元の文」がどこにもないわけです。
「もしかして翻訳なのでは?」と気づいた
ここで私は、ひとつの仮説を立てました。言い回しがここまでバラバラなのは、もともと日本語ではなかったからではないか、という仮説です。
外国語の言葉を別々の人が訳せば、訳した人の数だけ違う文ができあがりますよね。
そう考えて調べ直したところ、たどり着いたのはなんと新約聖書でした。
「コリントの信徒への手紙一」10章13節です。
神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。(新共同訳)
およそ二千年前の手紙の一節が、訳され、縮められ、人から人へ伝わるうちに、昭和の玄関の日めくりカレンダーまで流れ着いていたのかもしれません。
言葉の旅の長さを思うと、気が遠くなりそうです。日本でこの考え方が広く知られるようになったきっかけとしては、TBSのドラマ『JIN-仁-』で「神は乗り越えられる試練しか与えない」というセリフがくり返し登場したことがよく挙げられます。
同じ言葉を握りしめた人、つらいと感じた人
この言葉を支えに戦った人は、私だけではありません。
競泳の池江璃花子選手は2019年2月、白血病を公表した翌日に「神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っています」と発信しました。
フィギュアスケートの羽生結弦選手も同じ頃、「試練は乗り越えられる者にしか与えられない」という感覚が自分の中にあると語ったと報じられています。
一方で、この言葉がつらいという声もあるんです。
上馬キリスト教会のMAROさんは、「辛いことに耐えられない自分が悪いと言うのか」と傷つく人が少なくないと指摘しています。
苦難があまりに重いときは、無理に乗り越えようとせず、休んだり逃げたりすることも大切だという受け止め方も広がってきました。
おもしろいことに、元の聖書の一節にも「逃れる道をも備えていてくださいます」と、ちゃんと書いてあります。
私はこの格言を、苦しんでいる誰かに向かって言う言葉ではなく、自分で自分に言い聞かせる言葉だと思っています。
人に投げつければ刃物になり、自分の胸の中で唱えれば背中を押す手になるのでしょう。
24歳、お金も実績もなかった頃の話
では、私自身はこの言葉をどう受け止めたのか。出会ったのは24歳、社会人をやめて、もう一度音楽の学校へ入り直した一年目くらいの頃でした。
当時の私にはお金も実績もまったくなく、本当に音楽でやっていけるのかどうか、自分でもわかっていませんでした。
次はいい曲ができるだろうか、それが認めてもらえなかったらどうしよう……と、そればかり考えていたんです。不安で不安で、怖くてたまらない毎日でした。
そんな精神状態のところへ、あの一言が飛びこんできたわけです。そして私は思い知りました。
決して『夢』は逃げることがない。逃げるのはいつも自分自身なんだ、と。
夢のほうは、最初からずっと同じ場所で待ってくれています。遠ざかっているように見えたのは、私が後ずさりしていたからでした。
こわかった師匠に、弟子入りしようと思えた
自称・気が弱い私ですが、この言葉を知ってからは動き方がガラッと変わりました。
「これは自分の糧になる」と思えたら、どんなに気難しいエンジニアのいるレコーディングスタジオにも行けましたし、どんな会社にも自分の曲のプレゼンテーションに出かけていけたんです。
いちばん大きかったのは、今の師匠に弟子入りしよう!と思い立ったことでした。
それまではその師匠がこわくて、弟子にしてもらうなんて発想そのものがなかったので、今ふり返っても無謀だったと思います。
けれど「この困難は、乗り越えられるから自分のところに来たのだ」と考えると、こわい相手こそ会いに行くべき人に見えてきました。
環境は何ひとつ変わっていません。お金も実績もないままなのに、たった一言で、たった一日で、人は発想を転換して前向きになれるんだなと深く感じました。
今も、弱点探しの毎日です
では作曲家として仕事をするようになった今、不安が消えたのかというと、まったくそんなことはありません。
自分から弱点を探し、それを克服していかないと明日から仕事がなくなる……。
とりあえず今も、そんな毎日を送っています。
ただ、あの頃と違うのは、壁が目の前に現れたときの受け取り方です。
「来たな、これは自分宛てだ」と思えるようになったぶん、逃げ出す回数はずいぶん減りました。
もし今、あなたの前に大きな困難があるのなら、それはあなたが乗り越えられる人だという知らせなのかもしれません。
ただし、どうしても重すぎるときは、逃れる道を選んでもいいのだと、二千年前の手紙も言ってくれています。
