
もしあなたが、誰かから強い嫉妬や妬みを向けられたら、どんな気分になるでしょうか。もちろん、いい気分ではないですよね。
ところが、「妬まれること」や「嫉妬されること」は、考え方しだいで決して悪いものではないんです。
今日はアンケートの結果と心理学・脳科学の研究を手がかりに、妬みという感情の正体と、それとの付き合い方をじっくり考えてみたいと思います。
※なお、日常では「嫉妬」と「妬み」を近い意味で使いますが、心理学では区別されることがあります。この記事で扱うのは、主に「他人の成功や優位さを羨ましく感じる」という意味での妬みです。
目次
「妬まれる」って悪いこと?
まずは、「妬む」という感情がどこから来るのかを、自分の胸に手を当てて考えてみましょう。
あなたは身近な人の成功を祝福できますか?
あなたには、「能力では自分のほうが上だ」と思っている人がいるとします。
その人がある日、仕事で誰もがうらやむ大きな実績を残し、大金まで手に入れました。
このとき「嫉妬なんてまったくしない」と言い切れば、きっとウソになるのではないでしょうか。
同じ状況で、世間の人はどう感じるのか。実際のところを、アンケートで赤裸々に答えてもらいました。
※筆者が独自に実施したアンケートです(調査時期:〇〇年〇月/対象:〇〇/回答数:〇〇人)。
- 29% もちろん!誰でも超嬉しい!
- 57% 少しは妬んでしまう。
- 14% 無理!とても妬んでしまう。
※2025年1月 Xのアンケート機能にて調査(有効回答は約500)
素直に「嬉しい!」と思える人は、わずか29%しかいませんでした。
裏を返せば、今回のアンケートでは7割を超える人が多かれ少なかれ嫉妬してしまうということです。
ですから、もしあなたが誰かに嫉妬してしまったとしても、まったく恥ずかしいことではありません。
嫉妬すると、脳は「痛み」を感じている
この妬みという感情が、単なる「心の狭さ」で片づけられないことは、脳科学の研究からも見えてきます。
放射線医学総合研究所の高橋英彦さんらの研究チームは2009年、科学誌『Science』に妬みと脳の関係を調べた論文を発表しました。
健康な大学生19人に、自分より優れた同級生が登場する物語を読んでもらい、そのときの脳の動きを調べたんです。
すると、妬みを強く感じたときには「前部帯状皮質」という、痛みをはじめさまざまな苦痛や葛藤にも関わる脳領域が強く活動しました。
しかも、その相手に対する妬みが強かったほど、その人に不幸が起きたときの「喜び」に関わる反応も強かったというのですから、
妬みは心がねじれた人だけが持つ感情ではなく、人間の脳でもはっきり反応が捉えられる、ごく人間らしい感情なんですね。
ここまでくると、嫉妬してしまう自分を責める気にはなれなくなります。
なぜ「妬み」は生まれるのか
では、その痛みはどこから来るのでしょうか。
大きなきっかけのひとつは「羨ましい」という気持ちです。
誰かを羨ましいと思わなければ、その人がどんな成功や大金を手にしても、何の興味もわきませんよね。
「羨ましいっ!」から始まった気持ちは、やがて「オレより格下なのに、なぜあいつのほうが上に?!」「おれのほうがすごいのに、なんでアイツが評価されるんだ!」「アイツより楽して同じ成果がほしい!」という感情に育っていきます。
そして心の奥で「絶対に認めたくないけれど、認めざるを得ない」という苦しい状況に立たされ、それが妬みになり、行き過ぎると敵対心にまでふくらんでしまうわけです。
88%の人が、身近な人を「ランク付け」している
つまり妬みとは、私たちがつい身近な人をランク付けしてしまうことから生まれる感情なんです。
「いや、自分はランク付けなんてしたことがない!」と思う方もいるでしょうが、アンケートではこんな結果が出ました。
- 35% はい。しています……
- 31% 多分してるけど、してると認めたくない。
- 22% たまにするかも。
- 12% 全くしたことない。
※2025年1月 Xのアンケート機能にて調査(有効回答は約500)
「したことがない」と答えた人はわずか12%で、逆に言えば88%の人がランク付けをしていることになります。
なかでも興味深いのが、「多分してるけど、してると認めたくない」が31%もいたことです。
友人に同じ質問をすると「僕はランク付けなんてしない!」と言う人がとても多いのですが、心の奥底では格をつけてしまっているのかも、という本音が浮き彫りになりました。
正直なところ、私もしているかもしれません。
今回のアンケートを見るかぎり、私たちは思っている以上に身近な人と自分を比べているようです。
ということは、自分もまた誰かから比較されているのかもしれません。
妬みは「自分に近い相手」ほど生まれやすい

このランク付けには、おもしろい特徴があります。
およそ2400年前、古代ギリシャの哲学者アリストテレスは『弁論術』の中で、人は時代や場所、年齢、評判が自分に近い相手を妬むものだと書き残しました。
さらに、ギリシャの古い詩の一節「陶工は陶工を妬む」を引いて、同じものを目指すライバルこそいちばん妬みの対象になると説いています。
アリストテレスによれば、私たちは一万年前の人や、自分よりはるかに下、あるいははるかに上だと思う人とは張り合わないのだそうです。
先ほどの高橋さんらの実験でも、自分と関係の深い分野で優れている相手ほど、妬みの反応が強く出ていました。
妬みは、とりわけ「手が届きそうなのに届かない相手」に向かいやすい感情なのです。
妬まれる人生の素晴らしさ
ここで、大事なことに気づいてほしいんです。
あなたがこれから仕事で成功するということは、大きな実績が積み上がっていくということ。
それはつまり、ときには誰かから妬まれる立場になるということでもあります。
嫉妬されるのは「羨ましい何か」を持った証拠
妬まれるのは、やはりイヤなものですよね。実際、アンケートでも80%以上の人が「妬まれるのはイヤだ」と答えています。
けれど、ここで思い出してください。
妬みのもとになる感情は「羨ましい」でした。妬んでくる人は、あなたが歩んできた人生に、地団駄を踏むほど「羨ましい」と感じているんです。
羨ましいと思われるのは、一人の人間として、とてもありがたいことではないでしょうか。
妬まれたということは、少なくともその人の目には、あなたが「自分より恵まれた何かを持っている人」と映っているわけです。
たとえ表向きは格下扱いされていても、まあ良いではないですか(笑)。
「自分にもそれが欲しい」と思わせる何かを手に入れた証拠だ、と考えることもできます。
妬みには「良い妬み」と「悪い妬み」がある
しかも、妬みは悪いことばかり生むわけではありません。
オランダの心理学者ニールス・ファン・デ・フェンらは、妬みを2種類に分けて研究しています。
相手の優位さを「ある程度ふさわしいものだ」と受け止め、自分もそこへ近づこうとする「良性の妬み」と、「ずるい、ふさわしくない」と感じて相手を引きずり下ろしたくなる「悪性の妬み」です。
ファン・デ・フェンらが2011年に発表した研究では、良性の妬みを感じた人は、ただ相手に憧れた人よりも勉強に多くの時間をかけようとし、課題の成績まで良かったと報告されています。
自分も追いつきたいという悔しさが、憧れよりも強いエンジンになるわけです。
あなたを妬む人の中には、あなたを目標に必死で努力を始める人もいるということですね。
妬んでくる人が、かわいくてたまらなくなった
ここまで考えると、私は嫉妬されることを、自分の実績や成果を測るひとつのバロメーターのように捉えられるようになりました。
嫉妬されることに感謝、ですね!
私はそう考えるようにしてから、妬んでくる人がかわいくてたまらなくなりました。
そう思えると、陰口なんてまったく怖くありません。むしろ、どんどん言ってほしいくらいです。
妬まれない人になる方法
とはいえ、妬みはまったく悪いものではないと書いてきましたが、なかには本当にやっかいな人もいて、実際に害を与えようとしてくることもあります。
できれば、害はないに越したことはありませんよね。

嫉妬 vs 尊敬:成功しても妬まれない人がいる
先ほど、実績はほとんどの場合妬みにつながると書きました。
ところが、どれだけ実績を残しても、ほとんど嫉妬を生まないパターンがあるんです。それは、尊敬されることです。
- 86% とても嬉しい!
- 14% 少しは嫉妬する
尊敬している人が成功すると、ほとんどの人は嫉妬しないどころか、心から祝福したくなるんです。
「さすが○○さん!やっぱりあの人は自分の憧れだ!」と、尊敬の気持ちがますます高まっていくのではないでしょうか。
心理学が教える「尊敬される人」の条件
では、妬まれる人と尊敬される人は、どこで分かれるのでしょうか。
アメリカの心理学者スーザン・フィスクらが2002年に発表した研究に、そのヒントがあります。
フィスクらは、人が相手を「能力が高いかどうか」と「温かい(人柄が良い)かどうか」の2つの物差しで見ていることを示しました。
この研究によると、能力は高いけれど温かさを感じない相手には「妬み」が向かいます。
一方で、能力が高く、しかも温かい相手に向かうのは「称賛」、つまり尊敬に近い気持ちなんです。
少なくともこのモデルに当てはめれば、能力の高さだけが目立つ相手には妬みが生まれやすい一方、そこに「温かさ」まで感じられる相手には、称賛が向かいやすくなります。
実績だけで終わるのではなく、そこに人柄の温かさが加わる。
それが「妬まれる人」と「尊敬される人」を分ける一つのヒントなのかもしれません。
「出過ぎた杭は打たれない」
日本には「出る杭は打たれる」ということわざがありますが、そこから派生して「出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれない」とも言われます。
中途半端に目立つと叩かれるけれど、飛び抜けてしまえば誰も手を出せない、という意味です。
アリストテレスの「はるかに上の人とは張り合わない」という言葉と、二千年以上の時を超えてぴたりと重なりますね。
野球のイチローさんは、まさに「出過ぎた杭」でしょう。
2025年には日本出身選手として初めてアメリカの野球殿堂入りを果たし、得票率は99.7%。満票まで、わずかあと1票という圧倒的な支持でした。
サッカーの本田圭佑さんや、今なら大谷翔平選手のように、日本のトップから世界のトップへ駆け上がった人たちを見ていると、ある地点を越えたところから、妬みよりも尊敬の声のほうが目立ってくるようにも感じます。
妬まれているうちは、まだ上に行ける

つまり、あなたが妬まれているうちは、まだまだ上に上がれるということです。
だから私は、妬みを自分の成功を測るひとつのバロメーターとして受け取り、まだ完成していない自分を突き動かすモチベーションにしています。
その意味で、妬まれることは、何かを本気で目指している人なら一度は通る道なのかもしれません。
そして突き抜ければ、いつか妬みよりも尊敬のほうが大きくなる瞬間が来るかもしれません。
けれど、その先に待っているのは、自分自身の限界との戦いです。
イチローさんも大谷選手も、自分と戦いながら次の境地を切り開いてきたのではないでしょうか。
全力でがんばるというのは、本当にすばらしいことですよね。
妬まれることを怖がらず、いつか尊敬される側に立てるように、私も今日また1つ目標をクリアするために生きています。
