作曲家として初めてもらった報酬は、封筒に入った5000円札1枚でした。
しかもそのお札は記念に取っておくこともできず、最後はガス料金の支払いに消えてしまったのですが、あの5000円より嬉しかった報酬を私はいまだに知りません。
2001年頃、専門学校の2年生だった私は、京都の映像制作会社から地方テレビCMの音楽制作を頼まれました。
この初仕事が今の自分の仕事観の源流になっているので、依頼の経緯から順番に書き残しておきます。
目次
初仕事は1本の電話から始まった
デモテープを送って1か月後のこと

その会社には、1か月ほど前にデモテープを送っていました。
デモテープというのは、自分の曲を録音して「こんな曲が書けます」と売り込むための見本のことです。
返事が来るとしてもずっと先だろうと思っていたので、ある日いきなり電話が鳴ったときは本当に驚きました。
電話でひととおり打ち合わせをしたあと、担当者さんは最後にさらっとこう言ったんです。
「本日編集した映像送りますから、明日作って、その明後日の朝イチでください」
映像が届くのは明日で、納品はその翌朝ですから、制作に使える時間は1日もありません。
1曲を1日で仕上げるなんて、当時の私には至難の業でした。
「大丈夫です!できます!」と答えた本音
断るという選択肢は最初からなかったので、私は反射的に「大丈夫です!できます!」と元気よく返事をしていました。
ただ、正直な心境を言えば、うれしさ3割、どうしよう7割といったところです。
その後もう一度連絡があり、「翌朝、レコーディングをする声優さんがそちらの最寄り駅を通るので、その声優さんに渡してください」と納品の方法まで決まりました。
声優さんも私と同じ外注の立場ですから、今思えばなんとも外注使いの荒い会社ですよね。
念のため補足しておくと、当時はネットの速度が今よりはるかに遅く、映像をデータで送るなんて到底無理な時代でした。
映像はビデオテープで届き、音楽はCDに焼いて手渡しするというやり方が、ごく当たり前だったんです。
制作時間は1日足らず。迷っている暇はなかった
浜辺の映像を見て、ラテンに決めた
翌日のお昼前に届いたビデオテープを再生してみると、水着の女性が浜辺を楽しそうに走っている映像が流れました。
京都のとある町の観光をPRするCMだそうで、見た瞬間に、少しラテンっぽい明るく楽しいイメージが頭に浮かびました。
時間がまったくないので、最初に浮かんだその印象を信じて、そのまま作りはじめることにしたんです。
幸い、大学の頃にラテン系のパーカッション(打楽器)を勉強していたので、ラテンは割と得意な分野でした。
ラテンの打楽器で暑苦しくならない程度のノリを土台にして、そこにピアノ系の音でメロディを乗せ、最後にシンセサイザーで味付けをしていきます。
今振り返ると、迷う時間がなかったことが、かえって曲の方向をまっすぐにしてくれたのかもしれません。
夜中に完成、そして翌朝の駅へ
曲はなんとかその日の夜中に形になったので、少し休んで頭をリフレッシュさせてから微調整をして、翌朝までに完成させました。
そして約束の朝、駅で待ち合わせた声優さんに、曲を入れたCDを無事に手渡すことができました。
自分の曲が初めて「仕事」として人の手に渡った瞬間です。
返事を待つ、地獄のような数時間
ところが、本当に苦しかったのはここからで、担当者さんからどんな感想が返ってくるのかが怖くて、気が気ではありませんでした。
もし「イメージと違います」と言われても、もう直す時間は残っていません。
後がない状況でただ返事を待つ数時間は、初仕事の私にとって地獄のような長さでした。
その日の午後になって、ようやく携帯にメールが届きました。
「いい感じでした。映像監督も喜んでいます。」
読んだ瞬間に「よかったあぁぁ~!!」と声が出て、高校野球をやっていた頃以来、6年ぶりの全力ガッツポーズをしていました。
自分の曲を人に評価してもらえることがこんなにも快感だなんて、このとき初めて知ったんです。
そういえば、ギャラの話をしていなかった
「5000円でも大丈夫ですか?」
制作がひと段落したところで、大事なことをひとつ忘れていたのに気づきました。
制作費って、いくらもらえるんだろう。
仕事をもらった喜びと締め切りの焦りで、お金のことがすっかり頭から抜けていたんですね。
その後すぐに担当者さんと話す機会があったので報酬のことを聞いてみると、返ってきた答えは「5000円でも大丈夫ですか?」でした。
心の中では「え!!やすっ」と叫んでいました。
当時の私は、地方テレビのCMでも4〜7万円くらいの単価はあるものだと思っていたので、予想よりかなり安い金額にびっくりしたんです。
それでも初めての仕事ですから、もちろん即答で引き受けました。
封筒から出てきた5000円札
後日、次の仕事の映像が送られてきたので封筒を開けると、ビデオテープと一緒に5000円札が1枚入っていました。
「普通は銀行振り込みちがうんかいっ!」と心の中でツッコミを入れましたが、次の仕事と一緒に届いたのですから文句のつけようがありません。
こうして、初仕事の一連のやり取りは完了しました。
5000円が教えてくれた、音楽を仕事にする意味
この初仕事で今も強く心に残っているのは、自分の曲に1円でも価値をつけてくれる人がいた、という喜びです。
5000円は、これまでの仕事の中でもダントツで安い金額ですが、あのお札を手にしたときの喜びには、今100万円をもらったとしても勝てないと思います。
曲を書いても誰にも届かなかった苦しい日々が、お金という形になって世の中に認めてもらえたわけで、初めての報酬にはそれだけの重みがありました。
本当はその5000円札を一生使わずに取っておきたかったのですが、当時の生活はあまりに苦しく、泣く泣くガス料金として支払ってしまいました。
原点の記念品が、お湯になって消えていったわけです。
お札は手元に残らなかったものの、あのときの喜びは今も私を支えています。
自分の音楽で喜んでくれる人が一人でも増えますようにと祈りながら仕事を続けてこられたことが、今も作曲を続けていられる大きな理由です。
「仕事はお金じゃない」という言葉は、お金がどうでもいいという意味ではなく、金額の大きさでは測れない価値が仕事にはあるという意味なのだと、私はあの5000円札に教わりました。
